活版印刷術発明前後の製本について(後編)

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Nov 10
2012
Posted in blog, miracle world by Minako at 08:50 pm | No Comments »

書物の原点を掘り起こす!ミナコのミラクルドリュールワールド。

ドリュールにまつわる素朴な疑問の数々にフラグム中村が大幅に寄り道しながら迫る!

 

第5回

活版印刷術発明前後の製本について(後編)

 

第4回の前編に引き続き、今回の後編でも11月18日に行われる雪嶋宏一先生のレクチャー「インキュナブラ―活版印刷術の最初の世紀―」に関連した、グーテンベルクの活版印刷術発明前後期の製本についてお話したいと思います。

今回はもう少しドリュールの技術面における変化が見られると思います。

 

グレカージュの導入
テキストが印刷され量産されるようになり、書籍商はあまり裕福ではないが知識欲を満たすことに飢えた客を満足させるために尽力していました。一方、製本屋のカルトンの導入(前編参照)に続き、装飾面でのさらなる向上を模索していました。

そこで、あの有名なイタリアのアルド・マヌーツィオ(Aldo Manuzio)の登場です。
アルドは印刷技術に多大なる業績を残した、グーテンベルクに続く活版印刷業界の巨匠ですが、彼についての詳細は追々お話するとして(!)、ここではグレカージュ(grecquage)の導入に注目します。
グレカージュとは、支持体の麻紐(ficelle)を軸に綴じ重ねていく前に、折り丁(cahier)に均等に数か所のこぎりで切りこみを入れ、麻紐を埋め込む場所を作る工程のことを言います。

ビザンチン帝国の崩壊により、ギリシア人学者の多くはイタリアに逃げました。それゆえイタリアにもギリシア文化が浸透し、ギリシア語やラテン語に精通していたアルドは、古代ギリシアの文学作品を原語で次々と刊行しました。
「グレカージュgrecquage」という単語はフランス語で「grec(ギリシアの)」から派生しています。アルドの製本工房ではギリシア製本(ビザンチン製本)のものがあり、すでにグレカージュもされていました。

当時はまだ丸背にする(endosser)ことはなく、背はみんな平たくできていましたが、グレカージュにより背バンド(nerf)の存在がおとなしくなり始め、ようやく背にドリュール装飾を施すことが出来るようになりました。

ロニアージュの導入
写本時代には羊皮紙の折り丁の大きさを整えるために、綴じる前に一枚一枚型紙をあてて輪郭をなぞっていました。
その後活版印刷で紙が使われるようになると、製本の装飾性をより高めるために、ロニアージュ(rognage)が生み出されます。
ロニアージュとは、綴じた本文の小口の切りそろえたい部分を出してプレスに挟み、専用の刃を使ってスライドさせながら裁断していく作業です。この作業を経ることにより、天金をはじめとする小口装飾が可能になりました。

rognage

ドリュールの発展
印刷術によりテクストが、そしてカルトンとグレカージュ、ロニアージュの導入により外見も徐々に洗練されてくると、すでに広まっていたプレート(plaque)を使った空押し(le froid naturel)のほかに、製本屋は小さな花型(fer à dorer)による素早くできる装飾を考えだしました。
空押しとは、金箔をつける前の状態がすでに完成形で、熱した道具を湿らせた革に押して、焦げる手前で止めてモチーフを定着させる方法で、金箔装飾が普及する前の中世ヨーロッパでは主流な装飾でした。

花型は通常熱して使用するので、主に真鍮でできています。ドリュールはアラブ人やペルシア人が長い年月をかけて磨きあげてきた技術で、聖地から帰還した十字軍によりオリエントからヨーロッパにもたらされました。

特にイタリアのヴェニスに行きついた金箔装飾されたイスラム教写本は、現地の腕利きの印刷工たちを魅了し奮起させ、タイポグラフィーにおいても装飾的な要素を導入するようになりました。
その印刷工の中でも抜きんでていたのは、再び登場のアルド・マヌーツィオです。印刷界、ひいてはルリユールを含む書物という存在の中に残した彼の偉業は計り知れず、「イタリック体」や「王のギリシア文字」などもその一例です。(詳しくはのちの「我らがマヌーツィオ!特集」で。)
製本屋たちは彼の印刷物から装飾のアイディアをもらい、それをモチーフとして花型を彫って使うようになりました。

アルドが刊行する本をこよなく愛してやまなかった有名な蒐集家に、フランス人ジャン・グロリエ(Jean Grolier)がいます。
彼はおよそ3000冊が所蔵された個人図書館を所有しており、その書物の多くは「グロリエ様式」と呼ばれる、ひと目で彼の蔵書だとわかる豪華装丁がなされていました。グロリエ様式の特徴は、ひし形や長方形などの幾何学模様の組み合わせに、のちに「アルドスタイル(fer alde)」と呼ばれる、唐草模様のような花型が押されています。

fer alde

その頃はまだ背には本のタイトルはなく、表紙に「Io. Grolierii et amicorum(この本はグロリエとその友に属する)」と押されています。

15世紀初頭、ドリュールは製本よりも家具へのものが多く、ルリユールがドリュールという職業を発展させたわけではありませんでした。当時は革でできた全ての製品に、何らかのかたちで金か銀の装飾がなされていました。ゲヌリ(gainerie)もそのうちのひとつです。それゆえ、金箔装飾師(doreur)は製本屋協会のような組織には属していませんでした。一匹オオカミ的に硬派に仕事をしていたのでしょうか・・・想像が膨らみます。
フランスでは、製本に施された最初の金箔を使ったドリュールが登場したのは15世紀半ばでした。当初はまだほんの少し使われたのみで、装飾の大半は空押しでした。

「fer à dorer」という言葉は、12世紀以降変わらず常にドラーの使う道具を指してきました。その尖った形状ゆえ、仲間内では「くぎ(clous)」とも呼ばれていました。
用途によって道具の形状や呼び名も異なります。1,2個のモチーフのみの彫られているものは「petit fer」もしくは「fleuron」、主に背への装飾に使用する縦長ものに連続したモチーフが彫られた「palette」、連続したモチーフが滑車になっている「roulette」、アルファベットひと文字ひと文字の「lettre à tige」と呼ばれるものがあります。

exercise

金箔の接着には卵の白身の水溶液(blanc d'oeuf)が使われていました。マニュアルによっては尿の泡を使うように指示しているものもあったそうです。タンパク質つながりなのだと推測されますが、粘度が体調に左右されてしまいそうです・・・。

小口装飾
小口に金をつける「天金(tête or・tranche dorée)」が施されるようになったのは、製本の装飾に金箔が導入され始めたのと同じ時期です。どこの誰が考案したのかは定かではありませんが、どこかの職人が美を探求していく過程で、ロニアージュされた小口を見て、「おおっ、まだここに余白がっ。ここにも何かしたい!」と考えついたのでしょう。(のちの私たちの苦しみも考えずに、余計なことをしてくれたものです、トホ・・・。BBCの「the Black Adder 番外編」で中世にタイムスリップした主人公がシェイクスピアに出会い、「後世にあんたの書いたもので苦しめられる学生たちの代わりに」と一発お見舞いするシーンを思い出します。)

なかでも、15世紀から16世紀にかけて盛んだった、「tranches antiquitées(古代風小口装飾)」と呼ばれるものは、ビュランを使って小口にモチーフを彫り装飾をつけます。主にアラベスク風の蔦模様や宗教格言が彫られました。とても美しい反面、紙を刻むので、本文の痛みを助長してしまうのは免れませんでした。

モロッコ革の出現
私たちの大先輩でもある栃折久美子さん著の書名にもあるように、「モロッコ革」は製本に使用する中でも最高品質の革です。写本時代は布、象牙、宝石(前編参照)の豪華絢爛なルリユールの他は、質のあまり良くない革(basaneやveau)が使われていました。大きなサイズの本に背バンドゴツゴツの背、金具ボコボコの表紙、色のない空押し・・・。当時はそれだけでもとても価値のある書物でしたが、中世のイメージから抜けられずに何だか気が滅入ります。
そこで、モロッコ革の登場です。
モロッコ革は15世紀末にはすでにイタリアで盛んに使用されていましたが、フランスにはスペインやイスラム世界から巡り巡ってやってきました。高価で入手困難ではありましたが、ルリユールにとっては最高の素材であり、それによりドリュールは著しく完成度を高め、さらに天金などの小口装飾も相まって、ルリユールの豪華さを引き立たせていくようになりました。

*画像出典: R. Devauchelle 「La Reliure」

 

以上、駆け足で活版印刷術発明前後の製本について、特筆すべき事柄をお話しました。
その中でも、アルドや箔押しの歴史、天金のやり方など、1,2行で素通りできないもの(してはいけないもの)も多々ありますので、今後のミラクルワールドで紹介していきたいと思います。

Don't miss it !

 

つづく・・・。



  1. It‘s quite in here! Why not leave a response?




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